『クスコ』
ペルーの南東クスコ県の県名および県都の地名。アンデス山脈中の標高3600mにある。現在の人口はおよそ30万人。
クスコとは、ケチュア語で、「へそ」を意味するという。 インカ帝国の首都であり、文化の中心であった。現在でもペルーで有数の都市の一つである。 クスコの町並みはピューマをかたどったものとの説があるが、証明はされていない。
16世紀(1532年)に、スペインの征服者フランシスコ・ピサロによって帝国が終わりを告げた後、スペイン植民者が都市を侵略した。
植民地化の結果は都市の建築を通してみえる。スペインの建物はインカによって建設された巨大な石の壁の上に作られている。これらインカ時代の石積みは、石と石のあいだに「カミソリの刃一枚通さない」といわれる巧緻さで有名である。
1983年、世界遺産(文化遺産)に登録される。
『マチュ・ピチュ』
しばしば《インカの失われた都市》あるいは《空中の楼閣》と呼ばれる。この遺跡には3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段でつながっている。遺跡の面積は約13Km2で、石の建物の総数は約200戸が数えられる。
マチュ・ピチュに関する多くの謎が未だに解明されていない。
この都市は通常の都市ではなく、インカの王族や貴族のための田舎の別荘といった種類のものであった。
遺跡には大きな宮殿や寺院が王宮の周囲にあり、そこでの生活を支える職員の住居もある。マチュ・ピチュでは最大でも一時に約750名の住民しかいなかったと推定され、雨季や王族が不在の時には、ほんの一握りの住民しかいなかったと推定されている。
この都市はインカの王パチャクティの時代の1440年頃に建設が着手され、1532年にスペイン人により征服されるまでの約80年間、人々が生活していた。
急斜面に位置したマチュピチュの頂上には、太陽の神殿があり、頂上にはインティファタナ(太陽をつなぎ止める石)が設置されている。夏至と冬至が正確に分かる窓があるなど、太陽を使った暦を観測、作成したとも言われている。
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